世界一の潜水艇
みなさんは、潜水艇というものを知っていますね。
潜水艇は、海中ふかくもぐることの出来る船です。わが海軍がもっているのは、潜水艦といいますが、これは世界一のりっぱなものです。潜水艇がりっぱなだけではなく、それにのりくんでいる海軍の士官や水兵さんや
私がこれからお話ししようと思いますのは、「豆」という名をもった小さい潜水艇の話です。
もっとも、豆潜水艇という名は、この豆潜水艇の発明者であり、これをつくりあげた青木学士がつけた名前ですが、その青木学士と大の仲よしの
ここで、ちょっと二人のこえをおきかせしましょう。二人がいいあっているところは、その豆潜水艇がおいてある青木造船所の中です。
「おい春夫君。君は、この潜水艇のことを、ジャガイモ艇などとわる口をいうが、なぜ、ぼくがいうとおり、豆艇とよばないのかね」
「だって、青木さん。豆というものは、だいたい丸いですよ。ところが、青木さんのつくった潜水艇は、でこぼこしているから豆じゃなくて、ジャガイモですよ」
「でこぼこしているって。なるほど、それはそうだ。
「だって、青木さん。ぼくには、でこぼこしているところが、気になるんですよ。どう考えてみても、やっぱりジャガイモ艇だなあ」
「いや、豆潜水艇だよ」
豆がほんとうか、それともジャガイモがほんとうか。青木学士と春夫君のことばあらそいは、どこまでいっても、きりがつきません。
だから、そのきまりは、もっとあとにつけることにして、私はここで、二人とも、まだ気がついていない一大事について、皆さんにお話いたしましょう。
皆さん、ここは東京の山の手にある大きな洋館のなかです。
森にかこまれたこの洋館は、たいへんしずかです。
窓のそとは、まっくらな夜です。そして、ほうほうと、森の中からふくろうの鳴いているこえがきこえます。
部屋には、明るく電灯がついています。そして三人の西洋人が、大きな
「むずかしいのは、わかっているよ。しかし、われわれはどうしても、命令にしたがって、やるほかない」
三人のうちで、一ばんえらい人が、英語でそういいました。この人は、たいへんやせぎすですが、一ばんりっぱな顔をしています。
「しかしタムソン部長。あれだけ大きいものをもちだすのは、なかなかですよ」
軍人のように、がっちりしたからだをしている西洋人が、両手を一ぱいにひろげました。この人の顔は、酒のためにまっかです。
「スミス君。われわれは今、大きいだの、おもいだの言っていられないのだ。本国の命令で、ぬすめといわれたのだから、ぬすむよりしかたがない。そうじゃないかねえ、トニー君」
と、タムソン部長は、もう一人の、女のようにやさしい顔つきの青年によびかけました。
「はい。部長のおっしゃるとおりです。命令ですから、やるほかありません。早く、どうしてそれをぬすみだすか、その方法をごそうだんしようじゃありませんか」
「いや、トニーの言葉だけれど、いくらぬすむといっても、かりにも潜水艇一
この話から考えると、三人は潜水艇をぬすむ話をしているのです。そしてその潜水艇というのは、じつはさっきお話しした青木学士のつくった豆潜水艇のことなのでありました。だからこれはたいへんです。
「考えれば、きっといいちえが出てくるものだ。およそ世の中に、人間がちえをしぼって、できないことはない。さあ、三人でちえを出そうじゃないか」
と、タムソン部長は、二人をはげましながら、酒のはいったびんをとりあげて、二人のまえのさかづきに、酒をついでやりました。
酒をのみながら、ものを考えて、どんなちえが出るでしょうか。とにかくその夜のうちに、タムソンたちは、ついにある奇妙な方法を考えつきました。
「はははは、これなら、きっとうまくいく」
「なかなかおもしろい方法ですね」
「いや、考えてみれば、やっぱり方法があるものですねえ」
三人は、たいへん、うれしそうでありました。その喜んでいるありさまから見ると、豆潜水艇をぬすみだすのになかなかいい方法を考えついたようです。いったいそれは、どんな方法であったか、それはしばらくおあずかりにしておくことにしましょう。
それから、十日ほどすぎました。そこで話は、造船所のすみにころがっている豆潜水艇のことになります。
この潜水艇は、すっかり出来あがっていました。艇内には、すでに食べものや、水や、ハンモックなどもつみこまれ、いつでも出かけられるようになっていました。ただ、この豆潜水艇は、まだ台のうえにのっています。艇の下をささえているくさびをはずせば、この潜水艇は、台の上をよこすべりして、ぼちゃんと海へおちて、うかぶようになっていました。つまり、あとは進水式だけがのこっていたのです。
進水式のことを、青木学士も春夫少年も、どんなにか、待ちこがれていました。豆潜水艇は、進水をすませると、そのまま港を出かけることになっていました。もちろん、乗組員というのは、
それは、いよいよ明日が、待ちに待った進水式だという、その前日の夜のことでありました。青木学士と春夫少年は、潜水艇の中にはいって、しきりに艇内をとりかたづけていました。
そのとき、このまっくらな造船所へどこからやってきたのかくろい服をきた、十四五人のからだの大きい人が、しのびこんでまいりました。
「あ、部長。あれが潜水艇ですよ。青木学士の発明した世界一小さい潜水艇は、あれなんです」
「おお、あれか。あのぼーっとあかるいのは、なにかね」
「あれは、潜水艇の出入口の
「ああ、そうかね、トニー。しかし、中に人がいるのでは、ぬすむのに、つごうがわるいじゃないか。なぜといって、そうなると、きっと相手がさわぎだすにちがいないからね」
「しかたがありません。すこし荒っぽいが、あいつらを、ねむらせてやりましょう」
「ねむらせるといって、どうするのか」
「毒ガスを使うのです。みていてください」
トニーは、三四人の仲間をつれて、そっと潜水艇の近くにしのびよりました。トニーの手には、
「やるから、みんな、用心をして……」
トニーは手をあげて、合図をしました。それから、豆潜水艇のそばによると、蓋のあいだから毒ガス弾を、えいとなげこみました。
「それ、蓋をしろ!」
トニーの二度目の合図で、うしろにしたがっていた数人の大きな男は、豆潜水艇のうえにとびあがると、ちょっと蓋の中に手をさし入れて、つっかい棒をはずし、蓋を上からおさえて、ぴしゃんとしめてしまいました。
「よし、大出来だ。早く、あれをかぶせろ」
トニーの号令で、うしろに待っていたタムソン部長たちの一団は、懐中電灯をふって合図をすると、くらやみの中から、大きなトラックが、あとずさりをしてきました。
そのうえには、大なバスの車体がのっていました。ぎりぎりと音がして、もう一台別のトラックの上にしかけてあった
つまり、そのバスは、ちょっとみると、本物のバスのようですが、じつは、車がついていないもので、いわば箱の蓋ばかりのようなものでありました。
豆潜水艇は、外から見ると、まるでバスのようなかたちになりました。
そのうちに、別のトラックが、ぎりぎりと鎖をくりだして、豆潜水艇を、トラックのうえに引きあげました。これはただのトラックではなく、軍隊でよく使っている
「よかろう。いそいで、出発しろ」
タムソン部長が命令をくだしたので、豆潜水艇を、バスの車体の中にかくしてつみこんだトラックは、そのまま走りだしました。そしてやみの中にかくれると、どこともなくいってしまいました。
さあ、たいへんなことになりました。毒ガスにみまわれた青木学士と春夫少年は、どうなったでしょうか。そして、豆潜水艇は、どこへもっていかれたのでしょうか。
警戒の目
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