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人間や家畜を骨だけにする"陸のピラニア"
テレビ映画などでは、「恐怖の人食いアリ」などと、まるで猛獣が人間に襲いかかるみたいな印象を受けるが、こちらが油断さえしなければそう危険なことはない。この人間や家畜を、場合によっては骨だけにしかねないアリは、外国でも「アーミー・アンツ」(軍隊アリ)と呼んで恐れられている。
このアリは大軍が行列をつくって餌探しに出かけるのが特徴で、餌は生きている虫や小動物、それを殺して肉を運んでくる。餌はおもに子育てのためで、付近に餌のあるあいだはその場所に逗留し、餌がなくなると、新しい場所に移動する。つまり、逗留→移動を繰り返しているわけで、完全には巣をつくらない放浪性のアリである。人間でなら、昔の野武士や山賊の集団、とでもいったところだろう。
アリの学問上からは、新大陸(南北アメリカ)にいるのを「軍隊アリ」、旧大陸(ユーラシア、アフリカ)にいるのを「さすらいアリ」と呼んでいるが、どちらも習性は似通っている。まず、一つのコロニーに属する個体数が多いことで、なかには数千万匹に及ぶものがある。個体数が多いのは、女王アリにそれだけ産卵能力があるからだが、実際にさすらいアリの女王は体長5センチ、腹などは人間の親指ぐらいの太さがある。こんなに大きくては結婚飛行に空へ舞い上がることはできないから、最初から翅がない。行進するときは、多くのアリが女王アリをかつぐようにして誘導していく。
雄アリは翅を持っているが、全身に毛が生えていて、クマンバチ(スズメバチ)にそっくり。昔、これが軍隊アリの雄だとわからなかった時代は、クマンバチの一種として分類されていたほどだ。兵隊ありは、東洋やアフリカにいるヒメサスライアリでも、体に不釣り合いなくらいの鋭くとがった牙を持っているが、南米の軍隊アリの牙はさらに巨大で、マンモスの牙のように曲がっている。餌の肉を食いちぎるのに威力を発揮するためである。
軍隊アリの巨大な牙(上) |
熱帯アメリカの軍隊アリ(働きアリ)大きさはさまざまだが、数では小形のものが圧倒的に多く、獲物の肉を食いちぎるのは彼らの役目 |
さて、女王アリは周期的に大量の卵を産み、それが孵化して幼虫になると、成長過程で餌がたくさん必要となる。だから、ほかのアリのように巣を構えていたのでは、すぐに周辺の餌を取りつくしてしまうので、次から次へと狩りの場を求めて移動せざるをえない。歩けない幼虫がいるのに、どうして移動できるかというと、幼虫の頭をくわえて引っ張って行く。寝ぐらは大きな木のうろとか、石の下など適当な場所を選んでビバーク(野宿)する。また翌日は餌を求めて行進するわけだが、幼虫が蛹になると餌は摂らなくなるから、そこにしばらく滞在し、あまり餌探しにも行かなくなる。
アフリカあたりでは、このアリの行列には近寄るな、と警告されているが、なにしろ肉を食いちぎる牙を持っているので、咬まれると痛いし、引っ張って取れば皮膚が切れて血が出てしまう。行く手にある昆虫はもちろん、ヘビ、ウサギといった小動物まで血祭りに上げるし、牛のような大きな家畜でも、たまたまつながれていて逃げられないときは、たちまち骨になるまで食いつくされてしまう。人間も熱病か何かにかかって身動きできない状態でいると、牛と同じ運命をたどることになるから恐ろしい。
1929年の世界大恐慌のときの話だが、金儲けをたくらんだ男が、アマゾンのジャングルにチョウの採集に出かけた。あそこには、この世のものとも思われぬ美しいモルフォチョウがいて、金持ちのコレクターに高く売れるからである。ところが、消息不明になったので捜しに行ってみたら、木の根元に骸骨が横たわっていて、周囲にモルフォチョウの翅が散乱していたという。病気で動けなくなったところを、軍隊アリに襲われたのであった。
南米から中米にかけて、またアフリカのコンゴー(ザイールの熱帯雨林地帯などは、この手のアリに襲撃されて、住居から人間達が逃げ出す例はしばしばある。アリの大行列が住居に向かって行進してきたら、もう災難とあきらめ、大切なものをもって、一時的に家を捨てる以外に方法はない。とにかく何百万匹とか何千万匹では、殺虫剤があっても効果はない。家中の食物が食いつくされるのを、遠くからただ傍観しているだけだが、アリの去ったあとには、家に棲みついているゴキブリなどの害虫も、ことごとく一掃されているのが、まあ唯一の利点、といえばいえるだろう。
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はさみ撃ちや投網式に餌をハンティング
軍隊アリはしょっちゅう移動しているわけだが、その働きアリは、なんと盲目である。ほかの昆虫のように、自分ひとりで生活しているものが盲目では、生きていくことも危ぶまれるだろうが、軍隊アリは大集団で行動しているし、フェロモンを発散するので仲間にはぐれることもなく、目が見えないからといって不自由はないらしい。それに、目がないといっても視神経は残っていて、明暗の区別ぐらいはつく、と思われる。
地面にフェロモンで印をつけながら行進しているのだが、さすらいアリの行列を観察すると、その辺の事情がよくわかる。行列といっても、先頭のアリは常に先頭に立っているわけではなくて、ときどき歩くのをためらったりする。と、後ろから1匹のアリがチョコチョコとばかりに飛び出し、先頭より10センチから15センチばかり先のほうへ駆け出す。ところが、すぐにまた駆け戻って来る。このときは、地面にもうフェロモンの道しるべがつけられているので、後続のアリたちは安心して前進する。・・・・・・こういう小さな停滞と突っ走りの繰り返しで、行列はどんどん進んで行く。
熱帯アフリカのさすらいアリ。上は巨大な雄、下は働きアリで、大きな兵アリから小さな働きアリまで大きさはさまざま |
お先っ走りのアリは、いつも同じアリとは限らず、先頭グループから代わる代わる出ているようである。というのは、1匹がフェロモンを出して道しるべをつけると、続いてすぐまたフェロモンを分泌できないからだろう。時には2匹が別々の方向に飛び出すことがあると、行列はふた手に分かれ、さらにそれが二つにも三つにもなって、ちょうどケヤキなどの木が細く枝分かれしてホウキ状になるように、先端がどんどん広がる場合がある。これは餌を取るときで、獲物をはさみ撃ちにするというか、投網のように包み込むというか、あっという間に周囲がアリだらけになってしまう。だから、このアリの行進を近くに寄って観察するのは危険で、気がついたらアリにグルッと取り囲まれ、体に這い上がって来られてから騒いでも、も� �遅いことになる。・・・・・・こうしてハンティングを終えると、再びもとの一筋の行列に戻って、また行進を始める。
東洋の熱帯地方にいる「ヒメサスライアリ」は、人間の皮膚を咬み切るほどの力がないので、まず危険はない。その名のとおり、軍隊アリ、さすらいアリに比べると、ずっと小さいアリだが、ハンティングのやり方がまた独特である。行列の先端が二つに分かれると、それぞれずっと迂回していって、また先端が合流する。軍隊アリのように扇形の広がりでなく、こちらは団扇形とでもいうか、そのふた手の行列に囲まれた中間部が猟場になるわけで、そのなかをアリは縦横無尽に駆けめぐって狩をする。
このヒメサスライアリは、ビバークしている仮の巣から数百メートルも離れた先まで、狩のために遠征する。狩がすむと、再び一筋の行列となって帰って行くが、ジャングルのなかで数百メートルも跡を追っていくのはむずかしい。小さなアリだから、地面の隙間とか石の下などに完全に隠れているが、ハンティングの現場に出会っただけでも幸運、といわなければならない。東洋には、こういうアリの種類が、少なく見つもっても30種以上は棲息していて、数千匹から数万匹の規模のコロニーをつくっている。
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巨大な巣の"農場"でキノコを栽培する
軍隊アリのように動物性の餌を捜しに行進するのではなく、木の葉を取りに行列をつくって出かけるアリがある。その名も、「ハキリアリ」(英語で「リーフカッティング・アンツ」)で、アメリカ大陸のニューヨーク以南からアルゼンチンにかけて、主として熱帯圏に数十種類棲息している。普通のアリは、動植物の蜜を餌にしているのだが、このハキリアリはキノコを巣で栽培することで世界的に有名である。
このアリは個体数が多く、巨大な巣(直径5-10メートル)をつくるが、トンネルも複雑で巣室もたくさんあり、空気穴を何本もあけて温度や湿気調節までしている。この巣から大行列を繰り出すが、目的は植物から葉を切り取り採集して来ることで、葉から丸く噛みきった一片を高々と持ち上げて運ぶ。まるで葉の日傘をさして歩いているようなので、「パラソル・アンツ」と異名もある。コーヒー園がやられるから人間にとっては害虫だが、もとはといえば、彼らの棲息地を人間がどんどん開拓したせいであって、アリにも言い分はあるだろう。
葉を巣内の"キノコ栽培室"に運び込むと、待ち構えていた働きアリが寄ってたかって細断する作業にかかる。細断といっても、われわれの服のポケットの隅からつまみ出すタバコの屑ぐらいに小さく噛み切り、ドロドロになったものを部屋の中央に積み上げる。これがキノコの培養基で、人間がオガクズなどを使ってキノコを培養するのと理屈は同じである。これに菌を植え、キノコを育てるわけだ。
しかし、念のためにいうと、培養基で細菌体を育てるので、あの傘が開いた子実体(いわばキノコの花にあたる)を収穫するのが目的ではない。菌糸体が伸び、広がっていくと、菌胞という小さな玉が無数にでき、これがアリの餌となる。ところが、いっぺんに菌胞ができては餌としては供給過剰になるので、それを考えて生長をコントロールしている。ハキリアリの分泌するフェロモンのアミカシンという物質が、キノコの生長をうまく抑制する働きがあるらしい。
このキノコの菌は特別なものらしく、どのキノコに属するかほとんど正体は不明である。キノコの分類は子実体で行うので菌糸体からはわからないわけだが、ハキリアリにとっては命の綱だから、雌(女王アリ)が結婚飛行に巣から出ていくとき、必ず菌の一部をくわえて飛び立つ。交尾を終えて土にもぐり、巣をつくるが、元の巣にあったような培養基はない。といって、女王アリは葉を取りに出かけたりはしないので、とりあえず大切な菌を、自分の排泄した糞や、不要になった翅を細かくした上に置いておく。そのうち産卵して働きアリが誕生すると、本格的な培養基づくりが始まるわけである。
こういうおもしろい習性を持ったハキリアリはアメリカ大陸だけで、ほかに類似した種類はいない。ある種類のアリがいると、たいていそれに似たような仲間がどこかほかにもいるものだが、ハキリアリの場合は孤立した存在であるのも興味深いところである。しかし、東洋でも、ハキリアリに似た形態の種類がいて注目されているが、これはキノコを栽培しない。どのような発展段階を経て、キノコを栽培するようになったかはわからないが、ハキリアリによっては必ずしも葉ばかりとは限らず、花や枯枝を利用しているものも認められる。なお、シロアリの仲間だが、枯葉を集めて来て菌を栽培しているものがある。東洋の熱帯地方を中心に棲息する種類で、日本では西表島などでも発見されている。
アメリカ南部のフロリダ州あたりでは、このハキリアリが困り物で、よく洗濯物でトラブルが起こる。家に入り込んだアリが、洗濯をしようとしてまとめてある衣料品にたかる。それを知らずに洗濯機にかけると、アリは苦しまぎれに繊維に食いついてしまう。むろん、アリは死んで、胴はちぎれて頭だけがくっついているのだが、これは一つ一つ取るのが容易ではない。といって、そのままにしておけば、ハキリアリには小さなトゲがたくさん生えているので、シーツにしろ、肌着にしろ、とても我慢して使うわけにはいかない。
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ジャンプするアリは専守防衛の知恵から
アリといえば、日本では地面や樹木の表面をせかせかと這い廻っているものしか目につかないが、世界は広いもので、ピョンピョン跳びはねるアリもある。熱帯地方の「アギトアリ」というハリアリの種類だが、そのなかに跳躍の得意なのがいるのである。
アギトアリ、左はアギトアリの頭 |
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